宮沢賢治さんの童話は、深く読めば読むほど難解で、尚且つ奥が深い。
そんな童話を少しでも理解して語れるように、図書館に通ったりして勉強をしていました。
解釈を膨らませる助けをする為に、宗教も少しだけ勉強したりしていました。
法華経は有名な話や教えなど、何冊も読んだ記憶があります。難しく書かれているとその部分を理解するために‘初心者の初心者用’みたいなのも読んで、なんか賢くなった気になっていましたが…。
いざ、人に有名なものを説明しようと思っても言葉が出てこない。何故なんだろう?って考えていたら、、自分の勉強方法が自分のペースではなく、語りのクラスのペースに合わせて‘なんとか早く解釈をしてしっかり語らなきゃ’って思い焦って、本の字ずらだけを追って、書かれていることの意味を理解はしてなかったんだなぁと改めて思いました。
といいますのも、法華経の初心者用みたいな、内容を簡単に紹介している本を読み返しているのですが、今は感じ方が違うのです!少しだけ深く読めると言うか…。あと10年たってまた読んでみたら、感じ方がまた変わるかもしれないです。そこに人としての経験や体験の深さが加算されて行くからでしょうか…。
なんか、、本の読み方一つで、その時の生き方が現れているようで怖い気もしますが、どっしりと構えられるように少しずつ前進できればと思います!
あれ、読んでる本に影響されてる!?
*‡*佐藤ゆうこ*‡*
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